第1回  「指揮者」という不可思議な世界に魅せられて


全身全霊をかけて指揮する姿は、鳥肌がたつほど美しい。指揮者・西本智実は、どのようにして生まれたのか。西本智実は言う、「指揮はとても不可思議な世界」。スイスの機械式時計マニュファクチュール、IWCシャフハウゼンと共に、マエストロの歩んできた道を伺った。

作曲専攻で楽譜の解析を学ぶ

──世界30ヵ国の名門歌劇場や各国を代表するオーケストラから招聘され続けるクラシック界のスーパースター。時計の針を少し戻して、指揮者・西本智実誕生前夜へ。

【西本】音楽は目に見えない建造物でもあります。例えるなら作曲家は建築家で、建物の設計図が楽譜にあたります。指揮者とは、その設計図をもとに、どのように建てていくかを考える、わかりやすくいえば現場監督です。同じ設計図でも監督によって建て方は変わってきますし、どこの場所に建てるかでも変わります。音楽でいえば、どのくらいの大きさのホールで演奏するのか、演奏家たちはどういう言語を話す人たちなのかといった要素で変わってきます。

私の音大作曲専攻時代は、アナリーゼ(楽曲分析)に夢中になりました。バッハ、モーツァルト、ベートーベン、ルネッサンスから現代に至るさまざまな時代や人種の作曲家たちの作曲技法を細かく研究し解析していくのがアナリーゼ。これは指揮者になった今も私が音楽を創る時の基盤となっています。そして、これまでの作曲家たちがなしてきたことをもういちど検証することで、自分の音楽の方向性を考えていきました。

──とはいえ、最初から指揮者を目指していたわけではない?

【西本】母の一族は母を含め音楽大学で学んだ人が5人もいます。和洋の音楽や美術を嗜む人がいる環境で育ち、クラシック音楽は身近にありました。でも、指揮者というのは、舞台の上の大勢のオーケストラの中にたった1人です。自らが手を挙げてなるのではなく選ばれるものだと、子供の頃からわかっていました。音楽を学ぶことと、それを生かして仕事にすることは別、音楽家になるのは夢のような世界だと思っていました。指揮者になった今でも、指揮はとても「不可思議な世界」です。作曲も未知なる「神秘」です。すべてはこの楽譜に秘密がある。まずそれを知りたいと思ったのです。作曲を学ぶことで作曲家に肉薄できるような思いがありました。

──学生時代に指揮者の助手を務めて、まず現場を体験したそうですね。

【西本】私の学生時代は、パソコンで音楽をつくることがようやく少しずつ始まった頃でしたが、クラシックを専門とする人たちの音楽はすべて作曲者の頭の中にあり、楽譜は全部手書きでした。作曲者が書いた楽譜を楽器のパートごとに書き写す、写譜屋さんという仕事がまだありました。あるオペラ団体が新作オペラを上演するときに、作曲完成が遅れ、写譜が間に合わないという事態が起こりました。そのとき作曲科の学生にヘルプの依頼がきたのです。作曲家によっては楽譜が走り書きで、ドなのかレなのか、シャープなのかナチュラルなのかもわからないような楽譜もあります。和声学や対位法を習得している作曲専攻の学生なら、それらを読みとれるとアルバイトに呼ばれたのです。

次は原語のオペラをやるので、楽譜に記された箇所で字幕や照明に合図を出すQ出しを依頼され喜んでオペラ現場に入っていきました。その次にはオペラの副指揮者をするようになったのです。まだ20歳の頃でした。大学の授業を終えるとオペラリハーサル現場へ向かいました。副指揮者として年間300日以上現場で研鑽する日々を過ごしました。


指揮者としての力を蓄えた留学時代

――そしてロシアへ留学されますが、なぜロシアに?

【西本】幼い頃、舞台や音楽で初めて衝撃的な感動をしたのが、ボリショイ劇場バレエ公演やユダヤ系ロシア人の音楽家たちの演奏でした。言語ではなく間接に先の世界を表現する事を感じました。その原体験は私の音楽的語法を決定づけていたように思います。海外のオペラ劇場の指揮者の副指揮者を務めたこともあり、その方たちに留学するよう薦められました。幼い頃から感じていたものが私を培っていると再認識し一歩踏み出す決心をしました。

――ロシア留学時代は1日200円で生活したとか。

【西本】留学したのはロシア国立サンクトペテルブルク音楽院オペラ・シンフォニー指揮科ですが、留学するとき100万円しか持っていなかったのです。学費が40万円弱、それに寮費を差し引いて、さらに当地は冬場マイナス28度にもなるので、防寒具も必須です。その残りのお金で切り詰めて生活していました。自炊か学生食堂です。そばの実を炊いてチャーハンのようにしたのは美味しかったし、サーモンの水煮缶詰は本場ですから安くて重宝しました。音楽院と劇場と寮を往復する日々でしたが、近くにあるエルミタージュ美術館へもよく通いました。精神的に参ったり苦学を実感する事もありましたが、豊かな文化の中に身を置くかけがいのない時代だったと思います。

私は音楽院指揮科でイリヤ・ムーシンとその弟子のヴィクトル・フェドートフに学びました。ムーシンはリムスキーコルサコフの孫弟子にあたり、ロシアの指揮メソッドを作った教育者でした。フェドートフはマリィンスキー劇場の現役指揮者でもありました。音楽教育は基本的にはマンツーマン指導で個人能力のスピードで進行しますが、どの分野でも専門家を育てるための教育指導はとても厳しい事です。 心身共にクタクタになってしまい、涙を流している自分に気付かない事もありました。

指揮者はいろいろな要素を求められますが、私自身は客観的に考えていたわけではありませんでした。もしかしたら、私が作曲を学んでいたことが強みになったのかもしれませんし、時にはオーケストラの楽譜を見てピアノを弾く事も必要だったかもしれませんでした。オペラの副指揮者をずっとしていた事や、バレエも身近でした。苦しみを伴いますが無我夢中で没頭できるものがまずあり、それを引っ張り出して下さったロシアの音楽家たちと出会いが、新しい世界を私に広げて下さったと、感謝しています。

The Code of Beauty、

音楽と時計

――今年のIWCの新作「Da Vinci 36mmコレクション」は、その裏蓋にフラワー・オブ・ライフ(生命の花)を刻んでいる。19の完全円と36の部分円からなるこの幾何学模様は古代より伝えられ、レオナルド・ダ・ヴィンチが熱心に研究したことでも知られている。鮮やかなブルーのジャケット姿で登場した西本智実さんの腕には、ブルーの夜空にシルバーの月が輝くIWCダ・ヴィンチがあった。「ダ・ヴィンチは大好きな芸術家」という西本さんに、時計についてのお話を伺った。

【西本】音楽は時計とも共通するところが多いです。時計は何十、何百という多くの歯車や部品で構成されていて、それらが正しくかみ合って初めて時を刻むわけですが、音楽も同様です。時計師の世界と指揮者や作曲家の仕事は、とても似ています。

そして、時計も音楽も、正確さが求められるというところにも共通点があります。でも、それはデジタルの正確さとは違います。熟練の職人の手で作られるIWCの時計は、時間を正確に伝えながら、時空を超えた世界を感じさせてくれる。1秒という時間が長いと感じるとき、短いと感じるときがあるように、IWCの時計が刻む時には奥行があるのです。

私はアナログの時計が好きです。機械式時計は実際に動いているので、どこかで波動を感じます。音も同じです。マイクでは集音できない音の響きが、皆さんの皮膚を通じてもその波動が響いているのです。時空を超える時計の世界観と音楽の世界には、共通するものがあると思います。

西本智実が総合芸術の真髄に迫る「ロミオとジュリエット」

【西本】私が芸術監督を務めるイルミナートフィル&イルミナートバレエが9月に上演する「ロミオとジュリエット」。プロコフィエフの音楽をもう一度分析し、新たな解釈を加え、振り付けも見直して、総合芸術としての可能性をさらに深めていきました。また、この舞台ではシェークスピアのいくつかの言葉を字幕に表示して、はじめて見るお客さまに理解してもらう試みも行います。音楽とバレエ、そして言葉で紡ぎ出す人間ドラマを、ぜひご覧いただければと思います。

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