第2回  指揮者という深遠な世界を旅する
全身全霊をかけて指揮する姿は、鳥肌がたつほど美しい。指揮者・西本智実はどのようにして生まれたのか。第2回はロシアでの指揮者デビューを振り返り、指揮者という奥深い世界に迫っていく。

膝が震えたロシアでの指揮者デビュー

──大阪音楽大学作曲科作曲専攻を卒業し、その後、ロシア国立サンクトペテルブルク音楽院オペラ・シンフォニー指揮科に留学した西本智実さん。音楽院と歌劇場と寮を往復する毎日のなかで、猛烈に勉強し鍛えられた西本さんは、やがてロシアの国立オペラ劇場で指揮者を務めることになる。外国人雇用が厳しい当時のロシアでは特例の事だった。ここから指揮者・西本智実の飛躍が始まった。まずはマエストロ西本智実のデビュー前夜に時計の針を巻き戻してみよう。

【西本】ミハイロフスキー記念サンクトペテルブルク国立アカデミックオペラバレエ劇場(旧レニングラード国立歌劇場)で指揮者を務めたのですが、当時、これは本当に異例のことでした。今もそうですが、ロシアでは外国人を雇用することはできない法律があり、国立歌劇場や国立交響楽団もそうです。特例だと言われました。

ある日、「来月、ラ・トラヴィアータ(椿姫)の指揮をして下さい」と言われました。突然です。幸い、日本でオペラの副指揮者をし歌詞もほとんど頭に入っていました。オペラは音楽と歌詞が両輪となり物語を運ぶのです。しかしこの劇場の演出がどのようなものか知りませんでした。どこをカットするのか、幕がどこで降りるのかもわからない。資料もない。オーケストラはこの劇場付きですから、月に一度はこの演目を演奏していて慣れています。ですから新しい指揮者を見る目も冷静です。舞台作品にはあらすじが変化していくポイントが幾つかあり、その箇所で私が思う価値観を思い切り出しきりました。終演後の楽屋でさっそく次に指揮する公演の依頼を受けました。

──そしていよいよ本場で「エフゲニー・オネーギン」を指揮、その実力が試されるときがきた。

【西本】私にはイタリアのオペラ作品を指揮する機会が多かったのですが、いよいよロシアの作曲家チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」を指揮するよう話しがありました。物語の舞台でもあるサンクトペテルブルクの歌劇場で上演する。外国人である私が指揮するのは、いってみれば歌舞伎座で、忠臣蔵の大石蔵之介役だけを外国人が演じるようなものでした。

歌劇場から一歩外に出れば、エフゲニー・オネーギンが生きた当時と寸分変わらない、サンクトペテルブルクの街の中心にあるその歌劇場で、オーケストラも歌手も、そして観客もすべてロシア人の中で指揮をする……。

あまりに緊張する様子にスタッフからは「大丈夫、始まってしまえば、絶対に終わるから!」という一言(笑)。「終わらないオペラはないでしょ。あなたならできる」と言って励まされましたが、オーケストラピットに降りるとき、膝が自分の足と思えないほどガクガクと震えていました。指揮台に立ちお辞儀をした時にようやく覚悟が決まった感覚になったのを今も鮮明に覚えています。


指揮者として歩み始める

──こうしてロシアの歌劇場で経験と実績を重ねていった西本智実さん。やがてオーストリア、ハンガリー、イギリス、などヨーロッパ諸国をはじめニューヨークカーネギーホールデビュー、アジア各国、南米各国、イスラエルからも指揮者として招へいされ、世界30カ国を代表する名門オーケストラや歌劇場と共演。観客の心に残る名演奏を各地で積み上げていく。指揮者として充実した時を過ごしている西本さんに、あらためて指揮者としての成長に必要なものを聞いてみた。

【西本】指揮者として歩み続けるためには、とにかく日々、自分にできることを精一杯積み重ねていくことが大事です。急な依頼を受けたとき、普段の実力以上のものを出そうとしてもできません。だからこそ日頃から鍛錬を続け、地力をつけておくしかないと思います。何十年もかけて作品を見つめていくと思います。その作品の中に自分が生かされている感覚があります。



女性が指揮者になるのは将軍になるより難しい

──指揮の面白みとはどこにあるのだろう。

【西本】指揮を面白いと思ったことはありません(笑)。音楽は神秘的な世界を私に感じさせてくれます。目に見えないものを見せてくれます。その世界を見つめて没頭する時、何か自分自身が生きていると感じられるし、苦しみの喜び?もあります。指揮をしている最中ですか? オーケストラによる幾重もの瞬間が別のものに変容します。しかし指揮者は次に進みますので、じっくり味わったり、幸福感に浸ることはありません。これは指揮者だけでなく楽器奏者も声楽家もバレエダンサーも実際はそうです。

指揮を終えたときには、残響現象も残るので普通の状態に戻るまで時間がかかります。その昔、ロシアで初めてエフゲニー・オネーギンを指揮し終えたときなど、拍手をしてくださる客席が、遥か遠い世界でスローな動きのように見えたものでした。

──女性指揮者として注目されることには、どのような思いがあるのだろう。

【西本】イリヤ・ムーシンはリムスキーコルサコフの孫弟子にあたり、ロシア指揮メソッドを確立しました。帝政ロシア時代に生まれ、ソビエト、ロシア共和国と3つの時代を生きてこられ多くの音楽家のメンターです。音楽院学生である私にムーシン先生はご自分のメソッド教科書をプレゼントして下さり「若き才能ある指揮者トモミニシモト」と宛名を書いて下さいました。指揮者なんて自分で名乗れないと思っていた頃に、そうやって励まして下さったのだと思います。

今もいつも難しい仕事と感じています。若いときは何も知らずによくやっていたなと、今になって思います。指揮とは「対話」だと思います。作曲家との対話、オーケストラとの対話、そして聴いて想像する方たちとの対話です。「今日ここに居てよかった」と思っていただける演奏を目指したい。仕事ではなく私の人生だと思い指揮台に立っています。


卒塔婆小町の挑戦

──10月には新しいオペラに挑戦。西本さんは総合プロデュースと指揮者という重要な立場で取り組んでいる。

【西本】観阿弥「卒塔婆小町」を原案にした新しいスタイルの舞台を創っています。10月1日に富山市文化芸術ホール「オーバードホール」で初演する「INNOVATION OPERA <ストゥーパ>~新卒塔婆小町~」です。能の「卒塔婆小町」は、絶世の美女といわれた小野小町のなれの果てである老婆の、孤高幽玄の世界を描いていますが、この舞台ではオーケストラと歌手がその世界を奏で、俳優陣が演じます。西洋楽器で日本古来の楽器の音色を出す試みもしています。新しいスタイルの舞台です。どうぞご期待ください。

──幽玄の世界を語る西本さんの腕には、IWCのダ・ヴィンチがある。

【西本】ちょうど今、月の信仰とか怨霊、付喪神(つくもがみ)といった日本古来の幽玄の世界を見つめていますので、月の満ち欠けが映し出されるムーンフェイズを備えたIWC ダ・ヴィンチがぴったりフィットします。また、この時計の裏蓋に刻まれている幾何学パターン「フラワー・オブ・ライフ」も、古代より世界中に伝えられたという神秘的な模様。時を刻みながら、私を守ってくれているような気がします。

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