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2017年 10月 14日 ( 3 )
スタッフより

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インタビュー記事より 

2017.10.6掲載

第3回  目に見えない大きな力に導かれて
世界各国で演奏活動を行う指揮者・マエストロ西本智実。第3回は西本さんの自宅に場所を移し、自身のルーツの一つである長崎県平戸市生月島とカトリック教会の総本山ヴァチカンをつないだ不思議な縁について語ってもらった。

自身のルーツを辿り長崎県平戸市生月島へ

──ロシアの音楽界から認められて始まった指揮者・西本智実さんの歩みは、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、中東へと西回りで地球を一周する旅でもあった。この「最初の一周目」を終えた30歳代で、西本さんは自身のルーツを訪ね、長崎県平戸市の生月島へと向かった。

【西本】私自身のルーツを辿りたいという気持ちは元々持っていました。けれど音楽の道を志した時、宗教音楽に根付く自分の本能的なものをあえて見ないようにしました。まっさらの状態で世界のさまざまな「民族的語法」を知りたいと日本から西へ向かう道標のもと、その決め事を貫きました。そうして一周目を終えた時、いよいよ自分のルーツを辿りたいと思うようになったのです。

私の先祖は、長崎県平戸市の生月島に生まれました。江戸時代には、潜伏キリシタンが弾圧にあったことで知られる島です。この島で先祖たちは捕鯨にも携わりました。石油が産出される前、鯨の油が燃料資源として世界で使われていたのです。幕末のペリー来航も黒船の燃料として鯨の油が必要だったとされています。

平戸の出島は表立って外国との貿易もしていましたので、都や江戸と離れた土地に感じますが様々な人々が行き交う場所でした。とはいえ、禁教の激しい弾圧期には多くの方達が殉教されました。島の断崖絶壁の先には激しい海流だけが渦巻き、このような場所で殉教した人たちのことを思うと、なんとも言えない気持ちになりました。国内であれ、国外であれ、自らの足で歩いて初めてわかることがあります。山の高さを情報として知っていても、特に厳しい自然の中では、情報を遥かに超える事があると……。

──生月島には、16世紀から伝承されてきた「オラショ(ラテン語で祈りの意味)」と呼ばれる歌が遺る。ヨーロッパの宣教師達が来日し伝えた聖歌だ。本国では時代と共に忘れ去られてしまった歌が、極東の小さな島で口伝えに受け渡され、21世紀の今も遺っている。

【西本】長い年月を経て、今ではメロディが御詠歌の様に変化していますが、そもそも「オラショ」はミサで歌われる聖歌です。その存在は祖父から聞いて知っていました。けれど、生月島に伝えられてきた「オラショ」の存在を広めるとかそんなふうには考えていませんでした。

それから数年経った2012年、初めて「ヴァチカン国際音楽祭」の招聘状が私のもとに届きました。ずっと以前、カラヤンがサン・ピエトロ大聖堂で演奏した映像を観て「遠い世界だなあ」と思っていましたので、招聘が決まった時は大変な驚きであり光栄な瞬間でした。


数百年の時を超えて復元演奏された聖歌

──クラシック音楽とキリスト教の関係は深い。中世ヨーロッパではグレゴリオ聖歌が成立し、永くカトリック教会の典礼で歌い継がれてきた。こうした教会音楽が、ルネサンス、バロック期を経て発展を遂げ、私たちのよく知るバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンらの作品へとつながっていった。そういう意味では、ヴァチカンはクラシック音楽のルーツでもある。そんなヴァチカンからの招聘に、西本さんが選んだ曲は……。

【西本】ヴァチカン国際音楽祭でのプログラムは、ベートーヴェンの交響曲第9番が与えられました。それに加え、「枢機卿による祝祭音楽ミサ」でも指揮する機会を与えられました。「あなたが演奏したいミサ曲はありますか?」と声をかけていただいたのです。ところが、私の知っている範囲では答えることができませんでした。ヴァチカンの厳格な儀式であるミサで歌われる曲は季節や時間帯によって厳密に決まっているのです。その為、聖歌ならどれでも良いというわけではありませんが、「オラショ」が今も口伝されている事だけは伝えておきたいと、話してみました。

生月島に伝えられる3曲のうち、1曲でも演奏できればいいなと思いつつ話すと、すぐに典礼担当者やシスティーナ礼拝堂担当者に連絡を取って頂き調査してくれる事になりました。もし1語でも時期やミサ内容に合わない言葉が入っていると、その曲をミサで歌うことはできませんが、と言われましたが、調査の結果、いずれの曲もその日のミサで歌われる事に問題ないことがわかり、3曲とも演奏して下さいと連絡がありました。このような古い聖歌が日本で伝承されていた事に、ヴァチカンの方達も大変驚いておられました。

──はるか昔、西洋から極東に伝えられた聖歌が、数百年の時を超えて「里帰り」を果たすことになったわけである。西本さんにも特別な思いがよぎったという。

【西本】生月島の「オラショ」をヴァチカンに戻す体験には、何か目に見えない大きな力を感じずにいられませんでした。偶然と必然が重なっただけでなく、何より口伝のみで何世紀にも渡り命の歌を紡いでこられた方達の想いがヴァチカンへ再び運んだのだと感じています。


──潜伏キリシタンを先祖に持ち、ヴァチカンのミサで演奏を行った西本さん。キリスト教への思いを尋ねてみた。

【西本】音大出身の私の叔母はカトリックの修道女で、ミサではオルガン奏者でもあります。母も先日洗礼を授かりました。私自身はまだ洗礼を授かっていません。人には様々なタイミングがあると思います。

キリスト教に限らず、宗教心が生み出した文化や、そこから連なるものに関してとても身近に感じる事があります。音楽はもちろんですが、建築、絵画、彫刻、文学……。それらに接することは趣味という単語では言い表せず、私の指標や価値観を支えるものとなっています。

──ヴァチカンは、キリスト教が生み出した美の宝庫でもある。

【西本】ルネサンス期、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ他によってあまりにも素晴らしい芸術が生み出された事に、クライアントもとても驚いたのではないでしょうか。そうした、まるで神が宿る作品を芸術家たちが生み出した一方で、後の時代には華美で装飾的なものを取り除き内面的なものへ向かう動きもありました。その時もっとも重要だったのが、バッハを代表とする音楽だったのです(注:バッハはプロテスタント教会の音楽長を長く務め、数多くの宗教曲を生み出した)。

幼少の頃から芸術や宗教に対して感じていた畏敬の思いを、生月島やヴァチカン、エルサレムを始め世界の様々な場所で再確認しています。これからもそんな旅が続いていくのだと思います。


5年目の「ヴァチカン国際音楽祭」招聘

──2013年以来、ウィーンフィルと共に「ヴァチカン国際音楽祭」のホストオーケストラの重責を担ってきた西本さん率いるイルミナートフィルハーモニーオーケストラ。5年連続の招聘となる本年は、ヴァチカン公式儀式である「ローマ法皇の名によるサン・ピエトロ大聖堂でのミサ」に加え、サン パオロ大聖堂ではモーツァルト最晩年の傑作「レクイエム」を演奏する。

【西本】1年目は、何か大きな力が作用してヴァチカンに辿り着いたと強く感じていましたが、2年目以降はそうした個人的な想いより、もう少し広い範囲に意識が向いています。今年で5年目。この5年で世界は大きく動いています。そうした時代にあっても毎年招聘して下さり大変光栄に感じています。音楽を志す一人として、ヴァチカンという場所から届けられるメッセージがあるのであれば、そこに力を尽くし捧げたいと考えています。

そのヴァチカンでの演奏に先がけ、東京と大阪で記念公演を行います。イルミナートフィルハーモニーオーケストラ、イルミナート合唱団、ソリストの歌手たちと共に、音楽を通じた巡礼の旅を見届けて頂けます事を願っています。

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by tomomi-nishimoto | 2017-10-14 20:10
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インタビュー記事より 

2017.9.19掲載

第2回  指揮者という深遠な世界を旅する
全身全霊をかけて指揮する姿は、鳥肌がたつほど美しい。指揮者・西本智実はどのようにして生まれたのか。第2回はロシアでの指揮者デビューを振り返り、指揮者という奥深い世界に迫っていく。

膝が震えたロシアでの指揮者デビュー

──大阪音楽大学作曲科作曲専攻を卒業し、その後、ロシア国立サンクトペテルブルク音楽院オペラ・シンフォニー指揮科に留学した西本智実さん。音楽院と歌劇場と寮を往復する毎日のなかで、猛烈に勉強し鍛えられた西本さんは、やがてロシアの国立オペラ劇場で指揮者を務めることになる。外国人雇用が厳しい当時のロシアでは特例の事だった。ここから指揮者・西本智実の飛躍が始まった。まずはマエストロ西本智実のデビュー前夜に時計の針を巻き戻してみよう。

【西本】ミハイロフスキー記念サンクトペテルブルク国立アカデミックオペラバレエ劇場(旧レニングラード国立歌劇場)で指揮者を務めたのですが、当時、これは本当に異例のことでした。今もそうですが、ロシアでは外国人を雇用することはできない法律があり、国立歌劇場や国立交響楽団もそうです。特例だと言われました。

ある日、「来月、ラ・トラヴィアータ(椿姫)の指揮をして下さい」と言われました。突然です。幸い、日本でオペラの副指揮者をし歌詞もほとんど頭に入っていました。オペラは音楽と歌詞が両輪となり物語を運ぶのです。しかしこの劇場の演出がどのようなものか知りませんでした。どこをカットするのか、幕がどこで降りるのかもわからない。資料もない。オーケストラはこの劇場付きですから、月に一度はこの演目を演奏していて慣れています。ですから新しい指揮者を見る目も冷静です。舞台作品にはあらすじが変化していくポイントが幾つかあり、その箇所で私が思う価値観を思い切り出しきりました。終演後の楽屋でさっそく次に指揮する公演の依頼を受けました。

──そしていよいよ本場で「エフゲニー・オネーギン」を指揮、その実力が試されるときがきた。

【西本】私にはイタリアのオペラ作品を指揮する機会が多かったのですが、いよいよロシアの作曲家チャイコフスキーの歌劇「エフゲニー・オネーギン」を指揮するよう話しがありました。物語の舞台でもあるサンクトペテルブルクの歌劇場で上演する。外国人である私が指揮するのは、いってみれば歌舞伎座で、忠臣蔵の大石蔵之介役だけを外国人が演じるようなものでした。

歌劇場から一歩外に出れば、エフゲニー・オネーギンが生きた当時と寸分変わらない、サンクトペテルブルクの街の中心にあるその歌劇場で、オーケストラも歌手も、そして観客もすべてロシア人の中で指揮をする……。

あまりに緊張する様子にスタッフからは「大丈夫、始まってしまえば、絶対に終わるから!」という一言(笑)。「終わらないオペラはないでしょ。あなたならできる」と言って励まされましたが、オーケストラピットに降りるとき、膝が自分の足と思えないほどガクガクと震えていました。指揮台に立ちお辞儀をした時にようやく覚悟が決まった感覚になったのを今も鮮明に覚えています。


指揮者として歩み始める

──こうしてロシアの歌劇場で経験と実績を重ねていった西本智実さん。やがてオーストリア、ハンガリー、イギリス、などヨーロッパ諸国をはじめニューヨークカーネギーホールデビュー、アジア各国、南米各国、イスラエルからも指揮者として招へいされ、世界30カ国を代表する名門オーケストラや歌劇場と共演。観客の心に残る名演奏を各地で積み上げていく。指揮者として充実した時を過ごしている西本さんに、あらためて指揮者としての成長に必要なものを聞いてみた。

【西本】指揮者として歩み続けるためには、とにかく日々、自分にできることを精一杯積み重ねていくことが大事です。急な依頼を受けたとき、普段の実力以上のものを出そうとしてもできません。だからこそ日頃から鍛錬を続け、地力をつけておくしかないと思います。何十年もかけて作品を見つめていくと思います。その作品の中に自分が生かされている感覚があります。



女性が指揮者になるのは将軍になるより難しい

──指揮の面白みとはどこにあるのだろう。

【西本】指揮を面白いと思ったことはありません(笑)。音楽は神秘的な世界を私に感じさせてくれます。目に見えないものを見せてくれます。その世界を見つめて没頭する時、何か自分自身が生きていると感じられるし、苦しみの喜び?もあります。指揮をしている最中ですか? オーケストラによる幾重もの瞬間が別のものに変容します。しかし指揮者は次に進みますので、じっくり味わったり、幸福感に浸ることはありません。これは指揮者だけでなく楽器奏者も声楽家もバレエダンサーも実際はそうです。

指揮を終えたときには、残響現象も残るので普通の状態に戻るまで時間がかかります。その昔、ロシアで初めてエフゲニー・オネーギンを指揮し終えたときなど、拍手をしてくださる客席が、遥か遠い世界でスローな動きのように見えたものでした。

──女性指揮者として注目されることには、どのような思いがあるのだろう。

【西本】イリヤ・ムーシンはリムスキーコルサコフの孫弟子にあたり、ロシア指揮メソッドを確立しました。帝政ロシア時代に生まれ、ソビエト、ロシア共和国と3つの時代を生きてこられ多くの音楽家のメンターです。音楽院学生である私にムーシン先生はご自分のメソッド教科書をプレゼントして下さり「若き才能ある指揮者トモミニシモト」と宛名を書いて下さいました。指揮者なんて自分で名乗れないと思っていた頃に、そうやって励まして下さったのだと思います。

今もいつも難しい仕事と感じています。若いときは何も知らずによくやっていたなと、今になって思います。指揮とは「対話」だと思います。作曲家との対話、オーケストラとの対話、そして聴いて想像する方たちとの対話です。「今日ここに居てよかった」と思っていただける演奏を目指したい。仕事ではなく私の人生だと思い指揮台に立っています。


卒塔婆小町の挑戦

──10月には新しいオペラに挑戦。西本さんは総合プロデュースと指揮者という重要な立場で取り組んでいる。

【西本】観阿弥「卒塔婆小町」を原案にした新しいスタイルの舞台を創っています。10月1日に富山市文化芸術ホール「オーバードホール」で初演する「INNOVATION OPERA <ストゥーパ>~新卒塔婆小町~」です。能の「卒塔婆小町」は、絶世の美女といわれた小野小町のなれの果てである老婆の、孤高幽玄の世界を描いていますが、この舞台ではオーケストラと歌手がその世界を奏で、俳優陣が演じます。西洋楽器で日本古来の楽器の音色を出す試みもしています。新しいスタイルの舞台です。どうぞご期待ください。

──幽玄の世界を語る西本さんの腕には、IWCのダ・ヴィンチがある。

【西本】ちょうど今、月の信仰とか怨霊、付喪神(つくもがみ)といった日本古来の幽玄の世界を見つめていますので、月の満ち欠けが映し出されるムーンフェイズを備えたIWC ダ・ヴィンチがぴったりフィットします。また、この時計の裏蓋に刻まれている幾何学パターン「フラワー・オブ・ライフ」も、古代より世界中に伝えられたという神秘的な模様。時を刻みながら、私を守ってくれているような気がします。

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by tomomi-nishimoto | 2017-10-14 20:04
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インタビュー記事より    

 2017.9.7掲載

第1回  「指揮者」という不可思議な世界に魅せられて


全身全霊をかけて指揮する姿は、鳥肌がたつほど美しい。指揮者・西本智実は、どのようにして生まれたのか。西本智実は言う、「指揮はとても不可思議な世界」。スイスの機械式時計マニュファクチュール、IWCシャフハウゼンと共に、マエストロの歩んできた道を伺った。

作曲専攻で楽譜の解析を学ぶ

──世界30ヵ国の名門歌劇場や各国を代表するオーケストラから招聘され続けるクラシック界のスーパースター。時計の針を少し戻して、指揮者・西本智実誕生前夜へ。

【西本】音楽は目に見えない建造物でもあります。例えるなら作曲家は建築家で、建物の設計図が楽譜にあたります。指揮者とは、その設計図をもとに、どのように建てていくかを考える、わかりやすくいえば現場監督です。同じ設計図でも監督によって建て方は変わってきますし、どこの場所に建てるかでも変わります。音楽でいえば、どのくらいの大きさのホールで演奏するのか、演奏家たちはどういう言語を話す人たちなのかといった要素で変わってきます。

私の音大作曲専攻時代は、アナリーゼ(楽曲分析)に夢中になりました。バッハ、モーツァルト、ベートーベン、ルネッサンスから現代に至るさまざまな時代や人種の作曲家たちの作曲技法を細かく研究し解析していくのがアナリーゼ。これは指揮者になった今も私が音楽を創る時の基盤となっています。そして、これまでの作曲家たちがなしてきたことをもういちど検証することで、自分の音楽の方向性を考えていきました。

──とはいえ、最初から指揮者を目指していたわけではない?

【西本】母の一族は母を含め音楽大学で学んだ人が5人もいます。和洋の音楽や美術を嗜む人がいる環境で育ち、クラシック音楽は身近にありました。でも、指揮者というのは、舞台の上の大勢のオーケストラの中にたった1人です。自らが手を挙げてなるのではなく選ばれるものだと、子供の頃からわかっていました。音楽を学ぶことと、それを生かして仕事にすることは別、音楽家になるのは夢のような世界だと思っていました。指揮者になった今でも、指揮はとても「不可思議な世界」です。作曲も未知なる「神秘」です。すべてはこの楽譜に秘密がある。まずそれを知りたいと思ったのです。作曲を学ぶことで作曲家に肉薄できるような思いがありました。

──学生時代に指揮者の助手を務めて、まず現場を体験したそうですね。

【西本】私の学生時代は、パソコンで音楽をつくることがようやく少しずつ始まった頃でしたが、クラシックを専門とする人たちの音楽はすべて作曲者の頭の中にあり、楽譜は全部手書きでした。作曲者が書いた楽譜を楽器のパートごとに書き写す、写譜屋さんという仕事がまだありました。あるオペラ団体が新作オペラを上演するときに、作曲完成が遅れ、写譜が間に合わないという事態が起こりました。そのとき作曲科の学生にヘルプの依頼がきたのです。作曲家によっては楽譜が走り書きで、ドなのかレなのか、シャープなのかナチュラルなのかもわからないような楽譜もあります。和声学や対位法を習得している作曲専攻の学生なら、それらを読みとれるとアルバイトに呼ばれたのです。

次は原語のオペラをやるので、楽譜に記された箇所で字幕や照明に合図を出すQ出しを依頼され喜んでオペラ現場に入っていきました。その次にはオペラの副指揮者をするようになったのです。まだ20歳の頃でした。大学の授業を終えるとオペラリハーサル現場へ向かいました。副指揮者として年間300日以上現場で研鑽する日々を過ごしました。


指揮者としての力を蓄えた留学時代

――そしてロシアへ留学されますが、なぜロシアに?

【西本】幼い頃、舞台や音楽で初めて衝撃的な感動をしたのが、ボリショイ劇場バレエ公演やユダヤ系ロシア人の音楽家たちの演奏でした。言語ではなく間接に先の世界を表現する事を感じました。その原体験は私の音楽的語法を決定づけていたように思います。海外のオペラ劇場の指揮者の副指揮者を務めたこともあり、その方たちに留学するよう薦められました。幼い頃から感じていたものが私を培っていると再認識し一歩踏み出す決心をしました。

――ロシア留学時代は1日200円で生活したとか。

【西本】留学したのはロシア国立サンクトペテルブルク音楽院オペラ・シンフォニー指揮科ですが、留学するとき100万円しか持っていなかったのです。学費が40万円弱、それに寮費を差し引いて、さらに当地は冬場マイナス28度にもなるので、防寒具も必須です。その残りのお金で切り詰めて生活していました。自炊か学生食堂です。そばの実を炊いてチャーハンのようにしたのは美味しかったし、サーモンの水煮缶詰は本場ですから安くて重宝しました。音楽院と劇場と寮を往復する日々でしたが、近くにあるエルミタージュ美術館へもよく通いました。精神的に参ったり苦学を実感する事もありましたが、豊かな文化の中に身を置くかけがいのない時代だったと思います。

私は音楽院指揮科でイリヤ・ムーシンとその弟子のヴィクトル・フェドートフに学びました。ムーシンはリムスキーコルサコフの孫弟子にあたり、ロシアの指揮メソッドを作った教育者でした。フェドートフはマリィンスキー劇場の現役指揮者でもありました。音楽教育は基本的にはマンツーマン指導で個人能力のスピードで進行しますが、どの分野でも専門家を育てるための教育指導はとても厳しい事です。 心身共にクタクタになってしまい、涙を流している自分に気付かない事もありました。

指揮者はいろいろな要素を求められますが、私自身は客観的に考えていたわけではありませんでした。もしかしたら、私が作曲を学んでいたことが強みになったのかもしれませんし、時にはオーケストラの楽譜を見てピアノを弾く事も必要だったかもしれませんでした。オペラの副指揮者をずっとしていた事や、バレエも身近でした。苦しみを伴いますが無我夢中で没頭できるものがまずあり、それを引っ張り出して下さったロシアの音楽家たちと出会いが、新しい世界を私に広げて下さったと、感謝しています。

The Code of Beauty、

音楽と時計

――今年のIWCの新作「Da Vinci 36mmコレクション」は、その裏蓋にフラワー・オブ・ライフ(生命の花)を刻んでいる。19の完全円と36の部分円からなるこの幾何学模様は古代より伝えられ、レオナルド・ダ・ヴィンチが熱心に研究したことでも知られている。鮮やかなブルーのジャケット姿で登場した西本智実さんの腕には、ブルーの夜空にシルバーの月が輝くIWCダ・ヴィンチがあった。「ダ・ヴィンチは大好きな芸術家」という西本さんに、時計についてのお話を伺った。

【西本】音楽は時計とも共通するところが多いです。時計は何十、何百という多くの歯車や部品で構成されていて、それらが正しくかみ合って初めて時を刻むわけですが、音楽も同様です。時計師の世界と指揮者や作曲家の仕事は、とても似ています。

そして、時計も音楽も、正確さが求められるというところにも共通点があります。でも、それはデジタルの正確さとは違います。熟練の職人の手で作られるIWCの時計は、時間を正確に伝えながら、時空を超えた世界を感じさせてくれる。1秒という時間が長いと感じるとき、短いと感じるときがあるように、IWCの時計が刻む時には奥行があるのです。

私はアナログの時計が好きです。機械式時計は実際に動いているので、どこかで波動を感じます。音も同じです。マイクでは集音できない音の響きが、皆さんの皮膚を通じてもその波動が響いているのです。時空を超える時計の世界観と音楽の世界には、共通するものがあると思います。

西本智実が総合芸術の真髄に迫る「ロミオとジュリエット」

【西本】私が芸術監督を務めるイルミナートフィル&イルミナートバレエが9月に上演する「ロミオとジュリエット」。プロコフィエフの音楽をもう一度分析し、新たな解釈を加え、振り付けも見直して、総合芸術としての可能性をさらに深めていきました。また、この舞台ではシェークスピアのいくつかの言葉を字幕に表示して、はじめて見るお客さまに理解してもらう試みも行います。音楽とバレエ、そして言葉で紡ぎ出す人間ドラマを、ぜひご覧いただければと思います。

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by tomomi-nishimoto | 2017-10-14 11:00



指揮者西本智実のオフィシャルブログ。ロシアーヨーロッパー北米ーアジアー南米ー中東の順に約30ヶ国でこの道の旅を続けている。趣味はドライブと温泉。和食や和工芸をこよなく愛している。
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